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1974年2月ころ、パリから中東経由してユーラシア横断の途中だった。
イランのマシャッドからバスでアフガニスタンのヘラートに入った。
当時はまだ王制で、最近のような騒ぎはない平和なアフガンだった。
それからバスでカンダハルを経由してカブールに入り1ヶ月ほど住み着いた。
当時のカブールはバック・パッカー天国だった。
1ドルだせば馬を1日借りられ、カブールの丘を馬で1日駆け巡った。
1ドルだせば当時の1流ホテルのレストランでビフステーキをおなか一杯食べられた。
安い宿に泊まっていれば、1日1ドルで生活が楽しめたので、多くの欧米人と日本人が一杯カブールに沈没していた。
ヒッピー華やかりし時代で、どのバックパッカー宿もサイケデリックな模様を書きなぐった食堂で、ロックとドラッグと酒に浸って騒いでいた若者で一杯だった。
大抵の日本人はここらでドラッグとはお別れになるのだが、特にアメリカ人はしつこくパキスタンやインドでも煙に浸っていた。
1975年のアフガンは全くの観光地であった。
古き良き時代だった。
- 利用した際の同行者:
- 友人
- 観光の所要時間:
- 2日以上
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