- 3.0
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
星田妙見宮の参道近くに徳川家康(1542−1616年)が本能寺の変(1582年)の時、三河に逃げ帰る途中に潜んだと伝わる竹薮がある。
織田信長(1534−1582年)が京都本能寺で明智光秀(1528−1582年)の謀反で攻められ自害した時、家康は少人数の近臣とともに堺に滞在中だった。光秀軍に狙われる危険から脱出して急いで三河に戻ろうとした家康は、深夜星田に着き薮の中に身を潜めたといわれる。家康は村の長・安井氏に山城方面に出る間道に精通している道案内人を出すように依頼、平井家の2名が道案内を買って出て、家康は山城経由で伊賀から三河に無事脱出できたといわれている。JR学研都市線、星田駅から徒歩10分。
関連旅行記−http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10293568/
(写真は徳川家康の「ひそみの薮」)
いいね!:0票